山口県阿武郡に九代休雪の二男として生まれました。1908年に萩中学校に入学しましたが祖父雪山の説得により中退し、家業に従事して父に学びました。1927年に父の九代雪堂が隠居したため、32歳の若さで三輪窯十代を継承し休雪と号しました。1942年に三重県津市千歳山の川喜田半泥子宅に金重陶陽、荒川豊蔵、三輪休雪の三人が集まった際「からひね会」を結成したそうですが、戦禍の激しくなり具体的な芸術活動には到らなかったです。近代陶芸界を代表する錚々たる面子です。1944年に大阪美術倶楽部で初の個展を開催して、戦後も積極的に活動していました。1955年頃より萩焼の特色である白釉で独特の技法を編み出し「休雪白」の名で呼ばれるようになりました。1967年に弟が十一代休雪を襲名し、十代目は「休和」と名乗るようになりました。1970年には重要無形文化財萩焼保持者(人間国宝)として認定されました。享年86歳。
買取相場は十代休雪と休和では大きな価格差はありませんが、休和の方が若干評価は高いです。萩焼は茶道の世界では有名で「一楽二萩三唐津」と呼ばれるくらい由緒あります。その為、茶道具に使用される茶碗・水差・茶入等を制作している作品が多いです。