new-small-oval-coin

小判買取・高額査定 | 小判売るなら獏

買取相場

2024年8月現在

作家名 モチーフ 買取相場
不明 天保小判金 数万~10万円
不明 佐渡小判 数千~数十万円
不明 文政小判金 数万~10万円
不明 元文小判金 数万~10万円

※掲載時の相場のため、最新の買取価格はお問い合わせください.

※内容により取り扱いが難しいケースもございます.

よくあるご質問

人気作家と高価買取が期待できる小判とは

    • 小判の高価買取が期待できる人気作家

      慶長小判(けいちょうこばん)

      慶長小判は、慶長6年(1601年)から発行された小判です。表面には茣蓙目(ござめ)と呼ばれる畳のような横線が刻まれ、裏面には幕府公認の鋳造を示す後藤家の花押が刻印されています。慶長小判は、つくられた場所によって価値が変わるという特徴があります。特に、慶長5年(1602年)に作られた「古鋳(大判槌目)」と呼ばれる限定品は、数が少ないため通常のものよりも3倍の価値があります。希少性が高く、高価買取が期待できます。

    • 小判の高価買取が期待できる人気作家

      享保小判(きょうほうこばん)

      享保小判は、正徳4年(1714年)から元文元年(1736年)に発行された小判です。名前に享保とありますが、実際には正徳の時代に作られたため「正徳後期小判」とも呼ばれます。当時、小判の純度は次第に下がっていましたが、享保小判は物価高を解消するために純度を高めて作られました。その結果、日本で最も純度の高い小判となりました。表面には細かな横線が引かれ、裏面には職人の名前が彫られています。希少価値が高く、高価買取が期待できます。

    • 小判の高価買取が期待できる人気作家

      宝永小判(ほうえいこばん)

      宝永小判は、宝永7年(1710年)から正徳4年(1714年)にかけて発行された金貨です。この小判は、純度が高く丈夫な慶長小判を復活させるために作られましたが、金の採掘量が少なかったため、重さは慶長小判の半分以下でした。裏面に「乾」の文字が刻まれているため「乾字小判」とも呼ばれます。表面には畳のような横線と扇の中に桐の紋が描かれ、裏面には「乾」や「佐」の文字、職人の名前が刻まれています。希少性が高く、高価買取が期待できます。

損をしないために知っておきたい査定のポイント

付属品の有無を確認する

小判に付随する箱や証明書、査定書が存在する場合、これらは真作であることの証明となり、価値を高めます。付属品が完備されていると、その小判の歴史的価値や希少価値がより評価されやすくなります。

保存状態の良さ

小判の保存状態は価値を大きく左右します。傷や汚れ、変色が少ないほど良好とされ、美術品としての価値も高まります。保存状態が良い小判は、査定時に高価買取の対象となりやすいです。

小判を高く売るための査定ポイント

希少性を考慮する

小判が製造された年代やその時期に生産された数量は、その希少性を示します。例えば、特定の歴史的背景を持つ限定版や記念の小判は、通常よりも高い価値があります。

素材の価値

小判の価値は、金やその他貴金属の含有量にも依存します。高純度の金を使用している小判は、それだけで高価格がつくことがあります。市場の金価格と連動して、その価値が決定されるため、金価格が高騰している時期に買取に出すと良いでしょう。

小判を高く売るための査定ポイント

小判の今後の動向

2024年現在、小判の市場動向は、金相場と密接に連動しています。近年、小判のコレクター数は減少傾向にあるものの、地金としての価値は上昇しており、今後の価格変動にも注目が集まります。

小判とは?査定員がわかりやすく解説

定義

小判とは、江戸時代に使われていた金貨の一種です。このお金は、金をたたいて薄くのばし、楕円形に成形されています。小判には、歴史的な価値があるため、現在でもコレクターの間で非常に人気があります。実際に、古い時代の小判を手に入れると、その美しさや価値を楽しむことができるのです。

小判の特徴と歴史

特徴

小判は日本の歴史において重要な役割を果たした金貨で、その種類や特徴は多岐にわたります。例えば、駿河墨書小判は日本最古の小判とされ、金の純度が84%であり、極めて珍しいため価値が高いです。また、慶長小判は江戸幕府が初めて発行した貨幣で、大きめのサイズが特徴です。元禄小判は金の含有量が少なく、経済発展に貢献しましたが、宝永小判はそれを改良して金の純度を高め、より実用的なものとされました。

歴史

小判は日本の歴史において重要な役割を果たした貨幣です。この貨幣は、1600年に徳川家康が関ヶ原の戦いで勝利した後、1601年から慶長大判と慶長小判を含む慶長金銀の鋳造を開始しました。これにより、日本の貨幣制度が整いました。慶長小判は金で作られ、その製造は後藤家によって行われました。後藤家は室町時代から京都で彫金師として名を馳せ、豊臣秀吉の時代にも大判の作製を手掛けていました。慶長小判の鋳造は、その後も長く続けられ、幕末まで貨幣として流通しました。

大判と小判の違い

小判の特徴と歴史

大判と小判は、日本の歴史において重要な役割を果たした金貨ですが、その使用目的とサイズに大きな違いがあります。大判は主に贈答用や恩賞用として用いられ、金の含有量が多く、一枚の価値が非常に高いです。例えば、初期の天正大判は、金の含有率が約70%〜76%で、重さは約165グラムありました。
これに対して、小判は日常の商取引で使用されることを目的に作られた貨幣で、より小ぶりで持ち運びが便利です。大判はそのサイズも大きく、特徴的な墨書きが施されている点も小判とは異なります。小判には墨書きが省略されており、より大量に流通することが求められました。そのため、小判は大判に比べて価値は低いものの、現在でも古銭コレクターには非常に人気があります。

Purchase

売却をご検討の方へ

当社では下記5つの買取方法をご用意しております。お客様のご希望や目的に合わせてお選びください。

Useful Information

お役立ち情報

0120-89-0007 営業日10:00〜18:00 日祝休み メール LINE