川喜田半泥子作品の買取・査定相場と最新の買取価格を公開

日本

川喜田半泥子

カワキタ ハンデイシ

買取相場

 

 

 

種類 モチーフ 買取相場
陶磁器 茶碗 数十万~300万円前後
陶磁器 ぐい呑み 10~30万円前後

 

※掲載時の相場のため、最新の買取価格はお問い合わせください.

※内容により取り扱いが難しいケースもございます.

評価の高い作品の特徴

川喜田半泥子は、自由な発想と大胆な表現で知られる陶芸家です。彼の作品は、茶碗や花入れなど多岐にわたり、その独特な作風から高い評価を受けています。買取価格は、作品の種類や保存状態、希少性によって異なりますが、特に晩年期に制作された茶碗は評価が高い傾向にあります。
希少価値の高い作品では、100万円以上の高い評価がつくこともあります。また、ぐい呑みなどの小品でも10万円以上の査定額になることがあります。
ただし、作品の状態や付属品の有無(共箱など)によっても価格は変動しますのでご売却を検討されているお客様はお気軽にお問い合わせください。

川喜田半泥子の評価ポイント

晩年に制作された茶碗は高く評価されています。彼は粉引、刷毛目、志野、瀬戸黒、唐津、伊賀、信楽など、幅広い技法を駆使して制作しています。これらの技法を独学で極め、伝統と個性を融合させた作風が特徴です。完璧な形状だけでなく、窯割れや歪みなどを意図的に取り入れるなど、独特の美意識が光ります。こうした作風は、通常の評価基準では測れない魅力を持ち、高い希少価値を生み出しています。

川喜田半泥子の魅力を深掘り

川喜田半泥子

川喜田半泥子

カワキタ ハンデイシ

1878年~1963年 物故作家。
明治期から昭和期にかけて活躍した陶芸家である。1978年(明治11年)に大阪市東区に生まれた。本名は川喜田久太夫政令。名門木綿問屋の16代目当主として幼少より育てられ、少年時代から美術や陶芸に興味を示した。1894年、三重県尋常中学校で洋画家の藤島武二に師事し、絵画を学んだことが美術への造詣を深める契機となった。1903年には百五銀行の取締役に就任し、後に頭取として同銀行を地域の有力金融機関へと発展させた。また、三重合同電気の社長や明治生命の監査役など、地域経済の発展にも多大な貢献を果たした。一方で、陶芸家としての活動はあくまで「趣味」として行い、生涯にわたり作品を商業的に販売することはなかった。1912年、津市の千歳山を購入し、この地の陶土を使った楽焼を試みた。以降、自ら窯を築き、陶器制作に没頭するようになる。1934年には自ら設計した三袋の登窯を完成させ、初窯の成功に至る。荒川豊蔵や金重陶陽、三輪休雪ら名だたる陶芸家との交流も深め、1942年には「からひね会」を結成し陶芸界の発展に寄与した。1946年、進駐軍により千歳山が接収されると、窯を長谷山に移し広永陶苑を創設。その後も制作を続けながら地域文化を支えた。1956年には藍綬褒章を受章し、晩年には広永窯に泥仏堂を建立するなど、独自の美学を追求した。1963年、84歳で逝去。
2024年に石水博物館で「川喜田半泥子とともにII」が開催された。

川喜田半泥子の作風

川喜田半泥子は、枠にとらわれない発想と大胆な表現で知られる陶芸家です。彼の作品は、伝統的な技法にとらわれず、歪みやひび割れなども独自の美しさとして取り入れています。このような自由奔放な作風は、彼の人柄をよく表しているといわれています。また、彼は自ら各地の土を使い、それぞれの特性を生かした作品作りを行いました。その結果、同じ種類の作品でも、使用した土や焼き方によって多彩な表情を持つものとなっています。このような独創的な作品は、「東の魯山人、西の半泥子」と称され、高く評価されています。

 

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