
抽象画・抽象絵画
夏扇
白髪一雄
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日本
白髪一雄
シラガ カズオ
| 種類 | モチーフ | 買取相場 |
|---|---|---|
| 油絵 | 抽象画(60年代) | 数百万円~数千 |
| 油絵 | 抽象画(70年代以降) | 数百万円~2000万円前後 |
| 水彩画 | 抽象画 | 数万円~百万円以上 |
| 版画 | 抽象画 | 数万~15万円 |
※掲載時の相場のため、最新の買取価格はお問い合わせください.
※内容により取り扱いが難しいケースもございます.
白髪一雄は、主に油絵と版画の作品で知られています。ここでは、それぞれの査定ポイントを順にご説明します。
キャンバスに描かれた油絵作品は、美術館に収蔵されるようなものであれば、数千万円単位の高額査定になることもあります。ただし、市場に出回る機会は非常に限られています。白髪一雄の作品は抽象的な表現が特徴で、特に大きなサイズの作品ほど高い評価を得る傾向があります。
油絵作品は<日本洋画商協同組合>が所定鑑定機関になりますが、鑑定書が無くても査定は可能となります。お気軽にご相談ください。
紙に水彩で描かれている作品です。色の有無やサイズによって査定額が大きく変わり、数万円から百万円を超えるものまで幅広い価格帯となります。
白髪一雄の版画は、主にシルクスクリーンで制作されたものが多く、数万~数十万円で取引されるケースが一般的です。
高価買取のポイントは<フット・ペインティング>でしょう。彼の作品は、足を使って描くためダイナミックな動きが評価され、特に大きなサイズの作品が高く評価される傾向にあります。
これは、白髪一雄がアメリカの抽象表現主義に影響を受けたため、大きなキャンバスを活かした表現が「彼らしさ」をより際立たせるからです。とはいえ、市場に出回る作品は10号以下の小ぶりなサイズが多く、大きな作品は希少です。
また、制作年代も査定において重要なポイントです。特に1955年~1970年頃の作品は、具体美術協会(Gutai)に参加していた時期であり、最も評価が高くなります。
世界中でたくさんのオークションが行われており、美術の世界は近年ますます活況になっています。
名だたる芸術作品の中でも、2013年までの最高落札価格を記録していたのはムンクの「叫び」でした。「叫び」はあまりにも有名ですが、「叫び」だけでも5作品あるのはご存じでしたか?その後年々最高落札価格は塗り替えられ、ダ・ヴィンチやピカソ、モディリアーニらが現在のTOP10に入っています。
そうすると気になるのが日本人の最高落札作家は誰なのかですが、2018年までは白髪一雄の「高尾」が1034万ドルで絵画作品ではトップだったのです。その後2019年に、奈良美智が1位を取りました。現在のオークション上位には村上隆、草間彌生、藤田嗣治が名を連ねています。その他若手日本人アーティストの人気も高く、今後も美術業界はさらに賑わっていくことでしょう。
「白髪一雄現代美術賞」は、兵庫県尼崎市が2021年から主宰する美術賞です。尼崎市出身の白髪一雄の業績を讃え、白髪に続くような後進の若手アーティストを育成・応援するための催しで、第1回は2021年より応募が行われました。2022年1月末に応募締め切りされ、2022年3月には受賞者が発表されます。応募資格は40歳以下で芸術活動をして、なおかつ発表もしている人なら誰でもOKです。受賞者は、作品を尼崎市が運営するアート施設「あまらぶアートラボ」に年間通して展示することができ、より多くの若手現代アートに触れる機会をお互いに創り出すことが出来るのです。まだ新しく始まったばかりの美術賞ですが、白髪一雄に続く若手現代アーティストの輩出に期待が高まるとともに、尼崎をアートの中心地として地域全体が盛り上がってゆく、注目すべきイベントです。
女性・60代 満足度 ★★★★★
白髪一雄の作品を店頭で買い取っていただきました。担当の方は作品の価値について詳しく説明してくださり、非常に安心できました。予想以上の高額査定で感動しました。本当にありがとうございました。
男性・50代 満足度 ★★★★★
父の家の整理をしていた際に白髪一雄の絵が見つかり、出張買取をお願いしました。担当の方は非常に親切で、丁寧に査定していただきました。思った以上の高額査定で驚きました。父の大切な作品を適切に評価してもらえて、家族一同感謝しております。また機会があればぜひお願いしたいと思います。
シラガ カズオ
1924年~2008年 物故作家。
兵庫県生まれ。兵庫県尼崎市の呉服商の長男として生まれる。幼少の頃から書画や骨董に親しむ。京都市絵画専門学校(現京都市立芸術大学)日本画科を卒業後、洋画に転向する。大阪市立美術研究所で学ぶ。 1952年に金山明、村上三郎、田中敦子らと0会結成する。また同年に結成された現代美術懇談会に参加する。1954年に0会の展覧会で初めて足で制作した作品を発表する。1955年には具体美術協会に参加する。具体美術協会とは戦前から活躍していた前衛画家・吉原治良を中心に前年に兵庫県芦屋市で結成された団体。フランスの評論家ミシェル・タピエが、すでにフランスでアンフォルメルの画家として名を上げていた今井俊満の手引きにより、1956年に日本で展覧会を企画し戦後の日本の美術界に一大アンフォルメル旋風を起こした。1957年頃から水滸伝のシリーズを開始する。1959年にイタリア・プレミオ・リソーネ国際展で買上げ賞を受賞し、1962年にパリのスタドラー画廊、トリノのノティティエ画廊で個展を開く。以降ヨーロッパを中心に個展を開催する。1970年には比叡山に上って天台座主の山田恵諦大僧正に教えを請い、翌年得度し、「素道」の法名を授けられる。1972年には具体美術協会解散後も個展を中心に活動するが、密教との出会いを機に、その作風は宗教性を深める。2001年に兵庫県立近代美術館で回顧展が開催される。
2023年に北九州市立美術館で「コレクション展Ⅰ 特集 具体 白髪一雄 ―尼崎市コレクション」、が開催された。11月尼崎市総合文化センターで「開室10周年記念 白髪一雄記念室のあゆみ」が開催された。
2024年に尼崎市総合文化センターで「生誕100年 白髪一雄展「行為にこそ総てをかけて」が開催された。

白髪一雄といえば、唯一無二の抽象作品が特徴的です。
床に広げたカンバスの上に絵の具を置き、天井からぶら下がったロープにつかまりながら裸足で描く手法を考案し、これをフット・ペインティングと呼んでいました。当時0会を結成した際に「芸術はなにも無い0の地点から出発して創造すべきだ」という言葉を残しました。その言葉の通り唯一無二の手法を確立させました。
1950年半ばから白髪は一貫して身体と素材の関係性を探求し続け、80歳を超えてもなお、フット・ペインティングを精力的に続けました。作品制作の前に精神を集中させるために不動三尊像に祈りをささげるなど、密教の精神は白髪の生涯を通じて重要な位置を占めるようになりました。白髪一雄の作品はアンフォルメルの流れから、人間の意思や思考から離れた場所で作品を制作するとうコンセプトと、具体美術協会の人と同じことをやるなというコンセプトが合致した抽象画の完成形といえるのではないでしょうか。

おごそかなる観衆(版画)

駿(版画)
1990年制作のシルクスクリーン作品です。

芬(版画)