
矢野橋村作品の買取・査定相場と最新の買取価格を公開
日本
矢野橋村
ヤノ キョウソン
評価の高い買取実績
矢野橋村の作品は、作品の種類や保存状態などにより買取価格が異なりますが、「瑞雲双鶴図」を0.5万円で買い取るなど、さまざまな作品の買取実績がございます。

買取相場
| 種類 | モチーフ | 買取相場 |
|---|---|---|
| 掛軸 | 花鳥画など | 数千円~1万円以上も |
※掲載時の相場のため、最新の買取価格はお問い合わせください.
※内容により取り扱いが難しいケースもございます.
評価の高い作品の特徴
矢野橋村は、近代日本画壇で活躍した作家であり、花鳥画や山水画など格調ある作品で知られています。落ち着いた筆致と品格ある画面構成に定評があり、掛軸作品を中心に現在も一定の需要があります。
市場では作品の題材や出来、保存状態、箱書きの有無によって評価が変動します。具体的に見ていきましょう。
掛軸
花鳥画をはじめとした掛軸作品の買取価格は、数千円~1万円以上が目安です。
季節感のある花鳥図や構図の整った作品は評価されやすく、描き込みの丁寧さや保存状態が査定のポイントとなります。特にシミや折れ、虫食いなどの傷みが少なく、共箱や識箱が付属しているものはプラス査定が期待できます。
全体としては掛軸市場全体の動向に左右されやすい価格帯ですが、出来の良い作品や状態の優れたものは相場以上の評価となることもあります。保管環境によって状態差が出やすいため、丁寧な保存が査定額に大きく影響します。
矢野橋村の評価ポイント
評価が最も高いのは、彼の真骨頂である<山水画>です。特に墨一色ではなく、淡い色彩を施した作品や、屏風などの大画面に描かれたダイナミックな構図のものは、その芸術性の高さから高額査定に繋がりやすいです。
矢野橋村の魅力を深掘り
矢野橋村
ヤノ キョウソン
1890年~1965年 物故作家。
矢野橋村は、明治から昭和期にかけて活躍した日本画家である。1890年、愛媛県越智郡に生まれ、本名は一智。若くして大阪陸軍造兵廠に勤めたが、勤務中の事故により左手首を失う不遇に見舞われた。しかしその逆境に屈することなく画家を志し、永松春洋に師事して右手のみで制作を続けた。1914年の文展では《湖山清暁》が褒章を受け、早くから才能を示した。1919年には直木三十五らと主潮社を結成し、美術・文学・哲学を総合的に捉える新たな文化運動を展開。さらに1921年には日本南画院の創設に参加し、南画振興の中心的役割を担った。1924年には大阪市天王寺区に私立大阪美術学校を設立して校長となり、自ら後進の指導にも尽力する。同校は後に枚方へ移転し、多くの画人を育てる拠点となった。帝展では二年連続特選に輝き、戦後も大阪府芸術賞、大阪市民文化賞、日本芸術院賞など数々の栄誉を受けた。1964年には日本南画院会長に就任し、翌1965年に逝去するまで大阪画壇を代表する存在として活躍した。

矢野橋村の作風
矢野橋村といえば、近代日本画壇における<南画>の巨匠です。代表的な題材は山水や松竹梅などで、雄大な自然を格調高く描いた作品に定評があります。力強く伸びやかな筆線と、墨の濃淡を活かした奥行きある表現が特徴で、霧や水気を帯びた空気感まで巧みに表しています。