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斎藤清の作品を鑑賞可能な美術館を紹介|入館料金や現在行われているイベントについても紹介

斎藤清は、福島県会津出身の版画家です。同じ東北の版画家に青森県出身の棟方志功がいますが、斎藤清は棟方志功が誕生して4年後の1907(明治40)年に生まれました。

独学で絵を学び版画家として大成した斎藤清は、海外にもファンが多く「Kiyoshi Saito」として広く知られています。彼の作品のなかでも、母の面影を偲んで制作した『会津の冬』シリーズは冬の景色が描かれながらも何とも素朴な温かみがあり、大変人気を集めています。斎藤清を代表する作品のひとつといえるでしょう。

今回は、斎藤清の作品を鑑賞できる日本の美術館をピックアップして紹介します。



斎藤清とは?


斎藤清

斎藤清は、戦後の日本で活躍した福島県出身の版画家です。4歳のときに北海道へ移住し、24歳で上京してからは洋画家安井曽太郎の作品に魅せられて木版画の制作を開始します。版画家としてすぐに頭角をあらわした斎藤清は、戦後に開催された第1回サロン・ド・プランタン展で受賞を果たします。その後は作品の魅力が国際的にも評価されるようになりました。

斎藤清の作品は、西洋の息吹を感じさせるモダンな感性と、日本古来の伝統的表現が融合した独特の世界観が魅力です。特に、深刻なスランプを経てたどりついた『会津の冬』シリーズに代表される1970年代以降の作品は、洗練された構図の中に繊細なグラデーションがとけあい、深い精神性が感じられるものとなっています。

サンパウロ・ビエンナーレをはじめとする展覧会で数々の賞を受賞し、文化功労者にも選ばれた斎藤清は、日本のみならず海外のファンからも愛される人気の版画家です。



斎藤清の作品を鑑賞できる美術館を紹介



それでは、斎藤清の作品を複数所蔵している日本の美術館を、二つピックアップして紹介します。



やないず町立斎藤清美術館(福島)


斎藤清美術館
出典元:ウィキメディア・コモンズ

「やないず町立斎藤清美術館」は、斎藤清のふるさとである福島に設立された美術館です。斎藤清の代表作品である『会津の冬』シリーズをはじめとした600点以上の作品を所蔵しており、年に4回の展示替えで順次作品を公開しています。

美術館から徒歩5分のところには「斎藤清アトリエ館」があり、こちらでは斎藤清が晩年の約10年を過ごしたアトリエ兼住居をほぼそのままの状態で公開しています。斎藤清のファンならあわせて訪れたいゆかりの地といえるでしょう。

やないず町立斎藤清美術館では、1959(昭和34)年に斎藤清がパリを訪れたときに立ち寄った「カフェ・クーポール」をイメージして、週末カフェがオープンします。美術品観賞に疲れたら、味わい深いコーヒーで一息つくのもよいでしょう。

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住所〒969-7201 福島県河沼郡柳津町大字柳津字下平乙187
アクセスJR会津柳津駅から徒歩約20分、または磐越自動車道・会津坂下インターチェンジから車で約10分
営業時間9:00〜16:30(最終入館は16:00)
料金大人510(410)円、高校・大学生300(200)円、小・中学生 無料
※( )内は15名以上の団体料金
公式HPhttps://www.town.yanaizu.fukushima.jp/bijutsu/




東京国立近代美術館(東京)


東京国立近代美術館
出典元:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

「東京国立近代美術館」は、日本で最初の国立美術館として1952(昭和27)年に開館した歴史ある美術館です。重要文化財15点(2点は寄託作品)を含む13,000点を超えるコレクションを誇ります。

東京国立近代美術館では、斎藤清の『凝視(花)』(第1回サンパウロ・ビエンナーレ受賞作品)や『会津の冬(51)山口』などの名作を所蔵しています。

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住所〒102-8322 東京都千代田区北の丸公園3-1
アクセス東京メトロ東西線竹橋駅 1b出口より徒歩約3分
営業時間10:00〜17:00(入館は閉館30分前まで)
料金一般500(400)円、大学生250(200)円、
高校生以下及び18歳未満無料  ※( )内は20名以上の団体料金
公式HPhttps://www.momat.go.jp/




斎藤清美術館では25周年を記念したイベント「大コレクション展」が開催中



先ほど紹介した福島県のやないず町立斎藤清美術館では、開館25周年を記念して2022(令和4)年4月23日から2023(令和5)年4月2日にかけて「大コレクション展」が開催されます。「大コレクション展」では、第T期から第W期にわけて斎藤清美術館のコレクションを順次公開し、斎藤清の世界観に多角的に触れることが可能です。

『会津の冬』シリーズや『かすみ慈愛』のような人気の作品に加えて版木やコリグラフ原版などの貴重な資料も公開されます。さまざまな角度から斎藤清の画業を検証できるまたとないチャンスなので、興味のある方はぜひ足を運んでみてください。

料金や割引については、先ほど紹介したやないず町立斎藤清美術館公式HPにてご確認ください。会期中にはさまざまなイベントも行われます。

斎藤清の評価は国際的に高く、海外の美術館にも作品が広く所蔵されている


ニューヨーク近代美術館
ニューヨーク近代美術館(MoMA)
出典元:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

斎藤清は世界の「Kiyoshi Saito」として、日本のみならず国際的にも高く評価されています。

このように斎藤清の作品が海外で人気を得ているのには、1948(昭和23)年に開催された第1回サロン・ド・プランタン展で斎藤清の作品がトップ賞を受賞し、その後この展覧会がアメリカ各地を巡回したことが深くかかわっています。

また、ブラジルで開催された第1回サンパウロ・ビエンナーレで戦後日本人初の国際展受賞を果たしたことも、斎藤清の名をますます世界に広めた一因といえるでしょう。

斎藤清の作品は海外の主要な美術館にも多く所蔵されており、ニューヨーク近代美術館には『犬』(1954年)や『2匹の猫』(1952年)、ボストン美術館には『京都大徳寺』(1959年)などがあります。他にもワシントン美術館や東アジア美術館が斎藤清の作品を所蔵しています。



斎藤清の略歴



それでは、斎藤清の歩みを軽くおさらいしておきましょう。美術館に訪れる前の予習に役立ててみてください。斎藤清の略歴を簡単に押さえておけば、作品鑑賞がより一層味わい深いものになります。



1936年:第5回日本版画協会展で木版画《少女》が入選する



斎藤清は、1907(明治40)年4月27日、福島県河沼郡会津坂下町(かわぬまぐんあいづばんげまち)の窪に生まれました。彼が4歳のときに父が事業に失敗したため、北海道の夕張へ移住します。斎藤清は小さいころから絵を描くことが大好きでした。

斎藤清は、小樽の看板店で働いたあと24歳で上京し、ポスターを描く仕事に就きます。仕事のかたわら油絵を独学した斎藤清は、1932(昭和7)年の白日会展に油彩画『高円寺風景』を出品し、初入選します。その後、29歳のときに洋画家安井曽太郎の木版画『正月娘姿』を目にし、自らも木版画の制作を開始しました。

1936(昭和11)年、第5回日本版画協会展に木版画の『子供座像』『少女』を出品して入選を果たすと、斎藤清はより版画制作に力を入れるようになりました。1939(昭和14)年、斎藤清は造形版画協会の会員となります。



1949年:第1回サロン・ド・プランタン展で木版画『ミルク』がトップ賞を受賞する



作品制作がままならなかった戦時中を経て、1949(昭和24)年に開催された第1回サロン・ド・プランタン展では、斎藤清の木版画『ミルク』がトップ賞を受賞しました。

サロン・ド・プランタン(Salonde Printemps)とは、日本の美術家を育成し外国に紹介するために結成された婦人団体です。サロン・ド・プランタンは、駐日ベルギー大使ド・ラ・シュ ヴァルリ夫人を中心として戦後の在日外国外交官夫人らによって構成され、日本からも吉田茂の娘である麻生和子や、徳川家正の妻である徳川正子が参加していました。

サロン・ド・プランタン展はその後アメリカ各地を巡回し、斎藤清の名を世界に広めます。また、斎藤清は第2回サロン・ド・プランタン展にて脇田和、東山魁夷とともに審査員も務めています。



1951年:第1回サンパウロ・ビエンナーレ展で木版画『凝視 (花)』が戦後日本人初の国際展受賞となる



1951(昭和26)年、第1回サンパウロ・ビエンナーレ展にて、斎藤清の木版画『凝視 (花)』が在サンパウロ日本人賞を受賞しました。サンパウロ・ビエンナーレとはブラジルのサンパウロ市で2年に1度開かれる国際展覧会で、イタリアのヴェネツィア・ビエンナーレ、ドイツのドクメンタとともに、主要な大規模国際美術展として知られています。

戦後において日本人初の国際展受賞を成し遂げた斎藤清は、版画家としての地位を確立するとともに、日本の現代版画が持つ可能性を世界に知らしめることに成功しました。

さらに、1952(昭和27)年、1955(昭和30)年にアメリカで開催された展覧会はニューヨーク・タイムズに絶賛されます。また、1957(昭和32)年にはリュブリャナ国際版画ビエンナーレ(スロヴェニア)とアジア・アフリカ諸国国際美術展において、立て続けに受賞を果たしました。



1969年:『斎藤清展』をカナダのグレーター・ヴィクトリア美術館、アメリカのサンディエゴ美術館で開催する


グレータ−・ヴィクトリア美術館
グレータ−・ヴィクトリア美術館
出典元:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

1960年代、斎藤清は自らの作風に疑問を持ち、深刻なスランプにおちいりました。さまざまな試行錯誤を繰り返しながら自らの芸術を模索した斎藤清は、やがて深い精神世界をうつすかのような、複雑な陰影を持つ独特な表現方法を確立します。

1969(昭和44)年にカナダのグレーター・ヴィクトリア美術館とアメリカのサンディエゴ美術館で『斎藤清展』を開催し、大成功を収めました。その後も斎藤清は、国内外で数多くの栄誉に輝き、1995(平成7)年には文化功労者に顕彰されます。

亡くなる直前まで創作意欲が衰えることのなかった斎藤清は、1997(平成9)年の11月14日に、90歳でこの世を去りました。



斎藤清の代表作品



斎藤清の代表作品をいくつか挙げて紹介します。まず、先ほども紹介した通り第1回サロン・ド・プランタン展でトップ賞を受賞した木版画『ミルク』は、斎藤清の画業を語るうえでは欠かせない代表作品といえるでしょう。1949(昭和24)年、斎藤清が41歳のときに制作した『ミルク』は、牛乳を飲む少女を洗練されたフォルムで捉え、厚みのある色面で構成した作品です。この作品で斎藤清はその名を世界に広めることとなりました。

1951(昭和26)年の『凝視(花)』もまた、斎藤清の版画家としての地位を確立させた有名な作品です。第1回サンパウロ・ビエンナーレで在サンパウロ日本人賞を受賞したこの作品には、目だけがはっきりと描かれた横顔のシルエットを背景に、花瓶に生けられた白い花が描かれています。

また、『会津の冬(51)山口』は、素朴なあたたかみを持っていることでファンの多い『会津の冬』シリーズの中の人気の一作です。『会津の冬』シリーズに描かれている斎藤清のふるさとの様子は、若くして亡くなった母の想い出を偲んで描かれました。この作品は円熟期である1982(昭和57)年に制作されています。



斎藤清の作品を鑑賞できる美術館まとめ



福島県出身の版画家斎藤清の作品は、西洋的なモダンな感性と日本的な伝統表現が融合した独特の世界観が魅力です。斎藤清の人気は日本国内にとどまらず、その作品はニューヨーク近代美術館やボストン美術館など、世界の名だたる美術館に展示されています。日本においても、やないず町立斎藤清美術館や東京国立近代美術館などで斎藤清の作品が鑑賞可能です。

また、やないず町立斎藤清美術館では開館25周年を記念して2022(令和4)年4月23日から2023(令和5)年4月2日にかけて「大コレクション展」が開催されています。斎藤清の版画を生で見ることで、繊細なグラデーション表現の魅力がより一層身近に感じられることと思います。ご興味のある方はぜひ足を運んでみてください。



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