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陶器作家 金重陶陽

金重陶陽

1896年〜1967年 故物作家。
岡山県和気郡伊部町(現・備前市伊部)の窯元である金重媒陽の長男として生まれる。5歳から土いじりを始め、伊部尋常小学校高等科を卒業後に父のもとで学び、陶芸家の道を歩み始める。1918年から彩色備前を作り始め、この頃から「陶陽」の号を用いる。翌年には倉敷市酒津の西山窯にて1年間制作する。1922年に備前で始めて宝瓶を制作する。1927年にドイツ式の窯と備前式の窯を折衷し、窯を改良して木炭をくべて棧切の焼成に成功する。1930年に古備前の土を研究した末、桃山調備前の土味を出すことに成功する。1942年に 川喜田半泥子、荒川豊蔵、十代休雪らと「からひね会」結成する。1957年にアメリカにて作品展開催する。1962年に日本工芸会理事となる。1964年にハワイ大学夏期講師に招待され、滞在中のホノルルにて「金重陶陽・道明二人展」を開催する。
1942年備前焼の技術保持者に認定され、1960年には重要無形文化財保持者に認定された。陶陽の弟の金重素山、長男の金重道明、三男の金重晃介もそれぞれ陶芸家であり、また漂流の画家・杉本白象は従弟である。

買取ポイント

金重陶陽の作風

始めは細工物を制作していたが、当時九谷焼をはじめとするほかの焼き物に押され低俗視されていた古備前に興味を持ち、桃山備前の研究に取り組んだ事により、人間国宝・金重陶陽が生まれました。しかし、その道のりは険しく、陶土・窯の構造・窯詰め・焼成方など難題が多くありました。創作工夫に努めた結果、人為的に窯変(焼成の際に予期せぬ色の変化)作品の制作に成功し、備前焼の復興を成し遂げました。その功績から「備前焼中興の祖」と称されました。また、川喜田半泥子や荒川豊蔵、北大路魯山人など多くの陶芸家と親交を深め、日本陶芸界の全盛期を支えました。

金重陶陽の現在の評価と価値

没後半世紀以上が経過した現在でも需要がある作家のひとりです。バブル期に比べるとかなり落ち着いた市場価値ですが、備前焼コレクターからは根強い人気を誇っています。備前焼作家の中では最も高価買取をしやすいですが、作品の内容により大きく評価は異なります。買取金額は数万円台から100万円以上と様々です。
市場価値の高さから贋作も多く作られている作家のため、作品を見てしっかりと判断させていただきます。金重陶陽の作品のご売却をご検討の際は、お気軽にご相談ください。

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