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洋画家 脇田和

脇田和

1908年〜2005年 物故作家。
東京都生まれ。父親は貿易商社を経営。1921年に青南尋常小学校を卒業して青山学院中等部に入学する。そこで油彩、木炭デッサンを学ぶ。1923年に姉夫妻がベルリン駐在となるのに伴い、青山学院を中退して同行する。1924年にドイツ帝室技芸員のマックス・ラーベスに師事し、その紹介でミューラー・シェーンフェルト画塾に通う。1925年にベルリン国立美術学校に入学しエーリッヒ・ウォルスフェルトの教室に入る。一時帰国を挟んだのち1928年にカール・ミヒェルの教室でリトグラフ、エッチング、アクアチントを、オスカール・バンゲマンの教室で木口木版を学ぶ。1930年にベルリンの自由美術展にデッサンを出品する。その後美術学校より金メダルを授与され同校を卒業する。同年、父が死去したことにより帰国する。その後10年間父の会社を継いで会社を経営する一方、画業を続ける。1936年に猪熊弦一郎、小磯良平らと新制作派協会を創立する。戦後は新制作派協会員らとともに神奈川県相模湖付近の藤野村に集団疎開する。1946年に日本美術会の創立に参加する。1951年に第1回サンパウロ・ビエンナーレに出品し、52年のサロン・ド・メ、ピッツバーグ国際現代絵画彫刻展、53年の第2回国際現代美術展など、国際展にも参加する。1959年より東京藝術大学版画教室の非常勤講師に就任し、64年に同助教授、68年には同教授となって、70年に同学を退官する。1989年より軽井沢のアトリエ敷地内に個人美術館設立を計画する。1998年に文化功労者に選ばれ、99年には東京藝術大学名誉教授となる。

絵画買取のポイント

脇田和といえば、<風景><静物><人物>など特徴的な視点から制作した絵画作品ではないでしょうか。数あるモチーフを抽象画に軸足を置いて脇田和のフィルターを通して表現された作品は唯一無二の表現様式で鑑賞者を魅了させます。完全に抽象的とは言えないですが、モチーフの配置やデザイン化された対象物を見ると脇田和のジャンルは抽象と言っても良いでしょう。若くからヨーロッパへ渡り世界でも評価された洋画家です。

脇田和の買取価格について
高価買取のポイントは<鳥>でしょう。
脇田和は白い鳥をよく描いています。題名では鳥の種類まで言及している作品は少ないですが、鳩を描いているように見受けられます。個人的な想像ですが、戦争を経験していますので平和の象徴である鳩を大きなテーマとして描きたかったかもしれません。

脇田和の作品は油絵と版画に大別されます。作品の種類によって評価が全く異なりますので順に見ていきましょう。

@ 油絵
キャンバスか板に油絵の具で描かれている作品です。買取査定額は10万〜30万円前後となります。作品の構図、サイズ、コンディションにより具体的な金額は異なりますので一度ご相談ください。脇田和に関しては作品のサイズよりも図柄で評価額が決まる割合が高いので画像などをいただけると具体的な金額を提示しやすいです。

A 版画
紙にリトグラフで摺られた作品が多いです。版画作品でも脇田和のエッセンスは十分ありますが、市場評価は低いです。基本的に買取査定額は数千円代となります。

鑑定について
現在、所定鑑定機関は<脇田和の会(日動画廊内)>になりますが、鑑定書が無くても買取は可能となります。お気軽にご相談ください。



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脇田和の作品

オダリスク

■オダリスク(版画)

窓に来る鳥

■窓に来る鳥(版画)

不詳

■不詳(版画)

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