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アルフォンス・ミュシャの版画の買取価格とポイント

ミュシャ

1860〜1939 物故作家。
チェコに生まれる。1873年に雑誌「モテツト」の表紙を描く。1874年に地元へ戻り、裁判所の書記の仕事につく。1879年にプラハ芸術アカデミーの入試に落ち、舞台装置や緞帳を作っているカウツキー・ブリオシ・ブルクハルト工房の求職に応じウィーンに移る。ウィーンで舞台美術の仕事を経て1885年より2年間ミュンヘン美術アカデミーに学び、1887年よりパリで勉強を続けるが翌年に援助が打ち切られ、商業美術の仕事を始める。1888年にパリに出て、アカデミー・ジュリアンに学ぶ。1894年にサラ・ベルナール主演の恋愛劇「ジスモンダ」のポスターを制作する。1900年にパリ万国博覧会が開催され、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ館の装飾を担当する。1901年にレジオン・ドヌール勲章を受章する。1931年聖ヴィタ大聖堂(プラハ)のステンド・グラス制作し、1939年にプラハにて逝去する。

買取ポイント

アルフォンス・ミュシャの作風

世界では勿論ですが、日本国内でも圧倒的な認知度を誇る作家ではないでしょうか。場合によっては芸術作家としてよりもタロットカードで有名かもしれません。
美術史の中ではアール・ヌーボーの作家として知られ、1895年に手がけたサラ・ベルナール主演の演劇ポスターで脚光を浴びることになりました。多くの絵画やイラストレーション、装飾作品を手掛けた芸術家です。
デザイン化された女性を装飾させたモチーフは優雅さと高尚さが見受けられます。もともとは雑誌の挿絵や商業用ポスターなど多くの作品を作成した経緯から、古典的なルールとは離れた自由な表現方法を生み出すことができたのでしょう。

※アール・ヌーボー(フランス語: Art nouveau)は、19世紀末から20世紀初頭にかけてヨーロッパを中心に展開された国際的な美術運動。「新しい芸術」を意味し、花や植物などのモチーフを自由に組み合わせた様式で、鉄やガラスといった当時の新素材の利用などが特徴的です。装飾的で贅沢な印象です。エミール・ガレやルネ・ラリックなどが有名です。

アルフォンス・ミュシャの現在の評価と価値

没後半世紀以上経過した現在でも人気が高い作家です。美術家という枠を超えて、ミュシャが生み出した表現様式はインテリアやアパレルなど多くの場所で使用されています。現代の日本では幅広く世間に浸透しているのではないでしょうか。
元々が商業デザイン出身のため、本格的な油絵作品は少なく、現存する作品の多くは版画でしょう。流通量は少ないですが水彩作品などは稀に見かけますが、版画作品の方が市場価値を有しているものを良く見かけます。

ミュシャの版画は制作時期がポイント!

買取の際に判断するポイントは制作時期です。ミュシャが生前中に作った作品か、没後に作られた作品かで買取金額は大きく異なります。基本的に没後に作られる事は少ないですが、一部の人気作家に関しては需要の高さから新たに版画が作られる事もあります。ミュシャもその内のひとりです。

生前作か没後作かの見分け方を紹介させていただきます。生前作は約100年前に作られているため作品の古さで分かるかもしれませんが、より明確な違いを紹介します。
19世紀末から20世紀初頭は現代版画のように限定部数や直筆サインという概念は無く、版と一緒にサインが摺られている程度です。ミュシャの生前作品も限定部数等はありません。
一方、没後に作られた作品は限定部数と直筆サイン(版元か摺師等)が書かれているため、生前作と見分けやすいでしょう。

具体的な買取金額は作品次第になりますが、生前作ですと数十万円台から100万円以上と様々で、没後作品は数万円台になる事が殆どです。ミュシャの生前作は、歴史の古さから、非常に希少価値が高いです。


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ミュシャの代表作品

  • ゾディアック シルクスクリーン

    ■ゾディアック(シルクスクリーン)
  • 黄昏 シルクスクリーン

    ■黄昏(シルクスクリーン)
  • 夜の安らぎ シルクスクリーン

    ■夜の安らぎ(シルクスクリーン)

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