モイーズ・キスリング

キスリング
1891年〜1953年 物故作家。
ポーランド・クラクフのユダヤ人の家に生まれる。美術学校を卒業後、19歳でパリに出て、画家として本格的に絵を描き始める。1912年にモンマルトルのバトー・ラヴォワール(洗濯船)に移り住む。モンマルトルやモンパルナスで、ピカソ、ジョルジュ・ブラック、モディリアーニ、パスキン等、多くの芸術家と知り合う。1916年に第一次世界大戦に外人部隊として従軍し、戦後フランス国籍を得る。1919年にギャルリー・ドリュエにて個展を開催する。1940年に第二次世界大戦の戦禍を逃れ、アメリカに亡命する。1946年に終戦後、フランスに戻る。1953年4月29日、南フランスの港町サナリー・シュル・メールにて没。

キスリングの作品の買取ポイント

キスリングの作風

キスリング
エコール・ド・パリを代表する画家として有名で、モンパルナスの帝王とも呼ばれていました。その通称のように美術的な評価だけではなく、エコール・ド・パリの中で経済的にも成功したと言われています。
初期はキュビスムの影響も受けましたが、現実世界から離れることに抵抗し、キスリングを象徴する写実的な作風へ移行します。イタリアやフランドルの古典的な絵画に積極的に学び、作風を固めていきました。

風景画、静物画、裸婦などにおいて独自のスタイルで描いていますが、なかでも肖像画にその特徴が最もよく表れています。官能的な色彩でリアリズムに描かれた表情は特筆すべき点です。大きなアーモンド形の瞳は鑑賞者の記憶に残るのではないでしょうか。

自殺したパスキン、アルコール中毒のモディリアーニやユトリロなど破滅型のイメージの強いエコール・ド・パリの画家たちの中では珍しく幸福な生涯を送った画家として有名です。

キスリングの現在の評価と価値

当時はエコール・ド・パリで活躍した作家の中では最も評価されていたそうですが、現在はモディリアーニが最も高い市場価値を有しているでしょう。しかしながら、近年でもモーリス・ユトリロやマリー・ローランサンにも負けない市場価値があります。

現在の市場動向を考慮すると、キスリングの油彩作品の買取金額は数百万円台から1000万円以上と様々です。作品のモチーフ、年代、サイズ、コンディション等により具体的な金額は異なるため、キスリングの油絵作品のご売却をご検討の際は、お気軽にご相談ください。

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キスリングの代表作品

オレンジバックの花
■花(版画)
水色バックの花
■赤い髪の女(版画)
ブルーバックの花
■緑のスカートの女性(版画)

キスリングの作品や特徴まとめ

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