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2020年05月03日 [日本画 買取]

堂本印象とその一族について|尚郎、阿岐羅、元次

堂本家
はじめに

芸術の世界では有名な芸術一族が度々姿を現します。絵画という歴史を紐解けば作家という概念はなく工房という単位で制作活動をしていました。なので、古い作品を見ると現在では当たり前のサインがありません。このような歴史を鑑みると技術を共有することは当たり前に行われていたことで、現在は芸術学校などがその役割を担っています。技術的な要素が強い描き方とアイデアが必要な芸術活動とは分けて考える必要がありますが、近しい人が作家ですと共有できるものがあるのではないでしょうか。

堂本家は多数の芸術家を輩出した名門の家柄です。最も有名なのは日本画家・堂本印象(インショウ)でしょう。そして3人の甥っ子である元次(モトツグ)、阿岐羅(アキラ)、尚郎(ヒサオ)が有名です。特に尚郎は他の一族とは異なった道へ進みました。

堂本家の人々について

堂本印象、元次、阿岐羅、尚郎の略歴を簡単にまとめました。

印象
印象(1891〜1975)】
堂本家で最も有名な作家ではないでしょうか。元々は西陣の織元工房に勤めていましたが、画家を志して、京都市立絵画専門学校に入学しました。帝展・日展を中心に実績を重ねて、寺院の襖絵などにも関わり、優れた色彩感覚で名声を博しました。京都市立絵画専門学校の教授として後進の育成も努めました。晩年に文化勲章を受章し、名実ともに日本画壇の巨匠として名を残しました。京都に博物館も作られています。
伝統的な日本画様式を世襲して写実的な花鳥画や風景画を制作していましたが、晩年はパステルで描いたような鮮やかな色合いが特徴的な作風に移行していきました。

元次
元次(1923〜2010)】
1943年に京都市絵画専門学校の日本画科を卒業し、1951年に堂本印象の画塾に入りました。日展を中心に作品の発表を続け、1987年に京都市文化功労者に選ばれ、1997年には京都府文化賞特別功労賞を受賞しました。2000年に京都美術文化賞を受賞しました。
色の扱い方が上手く、パステルカラーで構成された作品は高い評価を得ています。主に花や風景を描いた作品を残しています。

阿岐羅
阿岐羅(1922〜)】
1941年に京都市立絵画専門学校の日本画科を卒業し、日展を中心に実績を重ねました。堂本家の中では最も日本画らしい日本画を描いています。

堂本尚郎
尚郎(1928〜2013)】
尚郎は他の一族とは異色の作家です。京都市立美術専門学校で日本画を学び、日展で賞を受賞するなどの実績がありましたが、洋画に転向しました。1955年にフランス・パリへ移り住みアンフォルメル運動へ参加しました。日本人画家の今井俊満や菅井汲などと親交を結びました。その功績が認められて欧米各地で作品を発表し国際的に高い評価を得ました。1968年から東京へ移り、2007年には文化功労者に選ばれました。
日本画から洋画に転向しただけではなく、画風も抽象的表現が強い作品を主に発表していました。色を多用した幾何学的な作品も制作し日本を代表する前衛作家となりました。

堂本家の相場について

現在の市場評価を考慮すると、最も流通価格が高いのは尚郎の作品です。次に印象の作品で、元次と阿岐羅の作品は厳しい評価となっております。

尚郎は作風によって買取価格が変動します。数十万円の作品もあれば100万円以上のモノもあります。日本国内だけではなく世界でも知名度がある作家ですと市場評価が上がりやすいです。マーケットの規模は価値に大きく影響を与えます。
印象は画風によって大きく評価が変わり、写実的な作品ですと数万円〜10万円前後となります。パステルカラーで構成された作品は20万〜40万円前後となります。
元次と阿岐羅の市場評価は厳しく、多くの作品が数万円〜5万円前後での買取となります。

まとめ

絵画の世界では芸術家一家は珍しくありませんが、一流と言われる作家が一族から4人も輩出しているのはあまり例を見ません。今後も堂本家のような芸術一家が出てくると思いますので、将来の日本画壇が楽しみです。



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