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福王寺法林の版画・日本画・ヒマラヤ・富士の買取価格とポイント

福王寺法林

1920年〜2012年 物故作家
山形県米沢市に生まれる。
幼少期から剣道や空手など武道をたしなみ人一倍負けず嫌いなところがあった。小学1年生の時に父と猟に行った際、銃の暴発で左目の視力を失う。16歳の時に上京し、田中青坪に師事する。風景画を得意するが、当時はなかなか絵が売れず貧困な生活をおくる。21歳の時に戦争に召集される。戦後は画家として生きるための決意として高価な画材を購入し、土の中に埋めるエピソードも残っている。中国配線では壮絶な経験をするも戦争から生還。1946年、26歳の時に復員し山形県米沢市に帰郷する。
1949年に第34回日本美術院展で初入選し、その後も数多くの賞を受賞する。1977年に勲三等瑞宝章を受章、1998年に文化功労章顕彰章、2004年には文化勲章を受章する。また、息子・福王寺一彦も日本画家として活躍する。

買取ポイント

福王寺法林の作風

福王寺法林の代表作は上記の略歴でも触れた「ヒマラヤシリーズ」か「富士」でしょう。両方のモチーフは山を題材にしていますが、雰囲気・色合・構図はまったく異なります。

「ヒマラヤシリーズ」はブルーを中心に構成され、鳥瞰図のように空から少し引いて見た構図です。ヒマラヤ山脈の厳しさや荘厳さを山肌から感じられるように表現されている印象です。このシリーズは、1974年にかねてからの希望であったヒマラヤ山脈へ取材で訪れたのが始まりでした。この「ヒマラヤシリーズ」は作品そのものの大きさもさることながら作風もスケールが大きく、法林自身がヒマラヤの山々と向き合い、山を神と崇めつつ自らの心を清め山と同化しているような神秘性を感じさせます。

一方、「富士」は赤い日を身に纏ったような真っ赤な富士山で、ヒマラヤとは対照的です。富士の雄大さ、偉大さを表現しているように感じられます。

福王寺法林の現在の評価と価値

没後数年が経過した現在でも需要がある作家のひとりではないでしょうか。全盛期に比べると市場評価は落ち着いている印象ですが、現在も人気日本画家としてデパートの催事ではよく見かけます。

福王寺法林の買取のポイントは【ヒマラヤ】か【富士】を描いている作品かどうかです。

裏を返せば上記2つ以外のモチーフは厳しい評価になる事が多いです。初期の作品は花など代表作と比べると趣が異なるものを残しています。福王寺法林の画歴を紐解く際には重要資料となりますが、市場という側面から見ると難しい評価となります。

最終的には色合い・サイズ・コンディション等も重要な買取ポイントです。ご売却をご検討の際は、お気軽にご相談ください。

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福王寺法林の作品

  • ヒマラヤの月 リトグラフ

    ■ヒマラヤの月(リトグラフ)
  • 朝の光輝(ヒマラヤ) リトグラフ

    ■朝の光輝(ヒマラヤ)(リトグラフ)
  • 朝富士 シルクスクリーン

    ■朝富士(シルクスクリーン)

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