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ミロの版画の買取価格とポイント

ミロ

1893〜1983 物故作家。
スペイン・バルセロナ生まれ。一時は商社に勤務し、1912年からバルセロナのガリ美術学校で再び絵を学ぶ。印象派やフォーヴィスム、キュビスムの画家たちに影響を受けた風景画や肖像画などを手がける。1919年に初めてパリへ訪問し、パブロ・ピカソに出会う。1920年にパリに移住する。1924年頃よりシュルレアリスム運動に参加する。1928年にオランダを旅行し、ヨハネス・フェルメールの作品に影響を受けてコラージュ作品を制作。またエッチングや彫刻、舞台美術などにも取り組む。1936年にスペイン内戦が勃発。翌年のパリ万国博覧会スペイン館にて、ピカソの《ゲルニカ》と並んで壁画《刈り入れ》が展示される。1941年にニューヨーク近代美術館で回顧展を開催する。1976年にバルセロナに『ジョアン・ミロ財団現代美術館研究所』が開設する。1983年にマリヨルカ島のパルマで死去する。

買取ポイント

ミロの作風

1920年頃から抽象的なイメージや記号を使用するようになり、代表的なモチーフを確立しだしたのは、1924年頃にシュルレアリスム運動に参加した頃からでしょう。無意識に湧き出るイメージを、具象と抽象を織り交ぜた自由度が高い作品を形成してきました。
1940年には「星座」シリーズに着手し、小さい作品ながらも高い資産価値を持っています青をふんだんに使用した作品が良いとされています。1950年代以降は陶器や彫刻作品に没頭し作品の幅を広げました。

ミロはシュルレアリスム作家の一員として語られる事が多いですが、ジャン・デュビュッフェが考案したアールブリュットに近い作風ではないかと思います。アールブリュットとは既存の美術や文脈とは異なる角度から制作された芸術作品を言います。学問として絵を学んでいない人が描いたものや、幼児が描いた絵などが分かりやすいのではないでしょうか。

ミロは記号のようなイメージを鮮やかな色合いを合わせながら構成した作品が特徴的です。シュルレアリスム的な表現様式よりも、アールブリュットに作風は近いのではないかと思います。

ミロの現在の評価と価値

スペインを代表する偉大な作家で、世界的な認知度を誇ります。バブル期前後に大量に作品が国内で販売され、現在は問い合わせを多くいただく作家のひとりです。世界的な作家のため、現在も需要があります。ただ、油絵作品は国内の市場で出回ることは少なく、殆どは版画作品です。版画に関して【リトグラフ】と【銅版画】に大別されます。作品の技法により評価が若干異なるため、現在の市場評価をもとに紹介させていただきます。

版画作品の注意点のひとつに【限定部数】があります。限定部数とは作品が何枚摺られたかを証明する番号で、一般的には2/100や50/300などで書かれています。このような限定部数は大丈夫ですが、EA、AP、HCなどで表記されている場合は注意が必要です。作家や摺師の保存版等、販売を目的としない作品に記されている限定部数ですが、世界の主要オークション会社でこのような限定部数の作品を積極的に取り扱わなくなったため、市場価値が落ちてしまいます。

ジョアン・ミロのリトグラフやエッチングの相場は?

国内で流通する作品の多くが版画です。版画でも購入時期によってはかなり高額で売買されていました。その時の価格帯と比べると落ち着いた印象ですが、作品によっては高価買取を期待できます。
具体的な金額は作品次第ですが、リトグラフよりもエッチングで摺られた作品の方が高価買取を期待できるでしょう。基本的にミロの版画作品は数万円台から数十万円台の買取となりますが、エッチングの代表作は100万円を超えるケースもあります。リトグラフでも100万円以上の作品もありますが、相対的にエッチングの方が多い印象です。
ミロのご売却をご検討の際は、お気軽にご相談ください。

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ジョアン・ミロの代表作品

  • リトグラフ1 1972年

    ■「リトグラフ1」より(1972年)
  • 「Le 13 l'echelle a frole le firmament

    ■Le 13 l'echelle a frole le firmament(1940年)
  • 矢のある頭 1968

    ■矢のある頭(1968年)

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